かおすのくにからこんにちは ~楽しい(棒読み)社会人ver.~

世間から逸脱した社会人がぐだぐだと綴る雑記帳でございますわよ

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ちょっぴりまじめなはなし

今日の天声人語に良い事が書いてあったので一部を引用してみたいと思う
「内外の流血を結晶させた平和憲法が、選挙の争点にされている。政権に戻る勢いのある自民党は9条を変え、自衛隊国防軍にするという。呼び変えだけでは済むまい。海外で米国と共に戦う集団的自衛権までが、景気や原発と並べて語られる。」
「戦争観は世代で違うが、国民の8割は戦後生まれ。悲劇を肌で感じる世代は少ない。核保有の利を唱える石原慎太郎氏にしても、終戦時は12歳だった。しかも、国防を声高に論じているのは、何かあっても銃を持たされる年齢層ではない。政治かも、我ら言論人も。」

さて、これを読んでどう思うだろうか
自分は全くもって正しいと思うしこれを読んで自民党万歳している人に考え直してもらいたいと思う、が、恐らく同世代の人々はそう思わない人も多くいるのではないだろう
正しいと思わない人を説得するというわけではないが、個人なりの意見をちょっと書きたい


昔からそうなのだが、日本人というのは、何か問題があったときにそれについてのいざこざを深く追求せず、水に流すという姿勢が美徳とされている。この姿勢は国際社会でははっきり言って受け入れられていない。だからこそ現に中韓からは未だに戦後の賠償が云々といわれ続けている。これは単に中韓反日だから騒いでいるだけではなく、日本の賠償が「賠償金はもうしたから、あとは水に流しましょう」という姿勢だからというのが大いに影響しているのだ。その証拠に、二度の敗戦をしているドイツが何故ヨーロッパ圏であれだけ周辺国に認められているか、後腐れなくヨーロッパ圏の一員になれているかを考えてみるといい。ドイツの賠償の行い方と日本の賠償の行い方がどう違うのか。賠償金額だけではない賠償の姿勢というものが大きく影響しているということは言うまでもないだろう。
普通ならば後腐れを抱えている時点で賠償が済んでいるとは認められないだろうが、東西冷戦下においてアメリカが日本を国際社会で認めさせたかった、日本が平和憲法を掲げ平和維持への貢献の姿勢を示している、これらの要素を考慮して国際社会で他の先進国と対等な関係になれたというのは想像に難くない。
つまり、日本が国際社会上で信用を得ている根幹の一つが憲法9条であり、これを改変(事実上の改悪)することは、国際社会における信用を自ら放棄するということでもある。敵国条項が(1995年に国連内で決を採り総会内で削除決議が採択されたのにも関わらず未だに国連憲章改正手続きが行われず)効力を有していることからもわかるように、表面上では他の先進国と肩を並べているように見えるが、その実は日本人が思い込んでいるほど国際社会において信用を得られていないということを日本人は自覚しなければならない。

また、平和憲法とは話題が変わるが、自民党は日銀に介入し、強制的な金融緩和を行うとしていることにも触れたい。
自民党はこれで日本経済を取り戻すと言っているが、これも日本の国際社会上での信用を大きく失う行為だということを日本国民はもっと理解しなければならない。
日本が何故膨大なまでの国債を抱えてなお、国債を買ってくれる諸外国が存在するのかについて考えたことがあるだろうか。これはひとえに日銀の努力によるのである。政府から独立した法人として日銀が国際社会上で円の価値、国債の価値を保ち続けてきたからこそ、国際社会で日本の国債が通用するのである。
もし、これを政府が日銀に強制的に金融緩和をさせたらどうなるかは火を見るより明らかだろう。今まで「安定している通貨」としてのアイデンティティを確立してきた円は信用を失い、同時に国債も信用を失う。
国際経済で信用を失い、借金を大量に抱え、ギリシャ同様の道を歩むことになってもいいのか。
先に述べた憲法改正と併せ、自民党に票を投じるということは、今まで日本が得た信用というものを自ら放棄する選択を選ぶということを、もっと真剣に考えてはどうだろうか。