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かおすのくにからこんにちは ~楽しい(棒読み)社会人ver.~

世間から逸脱した社会人がぐだぐだと綴る雑記帳でございますわよ

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雑感

よく「自殺したい」という意見に対し「自殺してはいけない、命というのは(ry」とか、「親が悲しむから(ry」みたく、道徳的な回答をして纏めようとする人がいるが、それはまるで当事者からしたら全く解決策になっていないのだ。
自殺したいと思う者は、他人の評価はどうであれ(←これ重要)今おかれている悲しみ、生きることへの葛藤、理不尽な世の中に何もできない無力感から自殺を望むわけであって、そんな的外れな倫理的説教は望んでいないのだ。
カウンセラーの大概はあくまで上から上から目線、苦しんでいる本人の為に真摯に取り組もうなんて志は無い。あるとすれば「苦しんでいる人に手助けしている(←と自己陶酔している(当事者談))私かっこいい!」というナルシスト的思想だけ。

結局生きることに苦しんでいる人間が苦悩から解放されるには、死ぬしか術は無い。
任意で自らの命を絶つことが可能になることを切に望む。
何故「生きる権利」などと謳いながらその権利を放棄することは赦されないのか。
権利ならば権利を放棄することも約束されるべきなのではないか。
…嗚呼、結局権利等と謳いながら、結局は税金を毟り取る為だけの「生きる義務」でしかない。
例え肉親であろうと友人であろうと、結局は個の向きあう生への苦しみなど共感できはしないのだ。それはその苦しみは生に苦しむ人でしかわからないほど複雑でありながら単純で且つ凄惨で、その葛藤に呑まれ苦しみに苛まれた人でなければその苦悩が人間の尊厳など容易く打ち砕くことなど分かりはしないだから。
死にたい。
否、厳密には死にたいではなく「生きたくない」だ。
「死」以外に生から解放される術があるというなら縋りつきたい。